雑記

熊谷さんの急逝に寄せて

既にご存じの方もいらっしゃると思いますが、
昨日、山形市七日町の熊谷自転車の社長、熊谷安倫さんが亡くなられました。
昨日の午前中に板長さんはじめ何人かから連絡をもらい、そのあとお店のほうからも連絡があり。
しばらく私も宮崎も呆然としてしまっていました。

振り返れば私が熊谷さんと出会ったのは20年前、当時空前のMTBブームでしたね。
雑誌ポパイだかでMTBの特集かなんかがきっかけで興味を持ち、仕事場に一番近かったのが輪商熊谷でした。
まだお父さんもご健在で、活気にあふれた店内。
11万のSUNNのMTBを買い、そのときに県民の森でのショップイベントに誘ってもらったっけ。
そのあと週末たびのMTBツーリング、ダリヤカップ、ジャングルジャングル、高瀬の大会、県内どの大会に行っても熊谷のGTテントには一番人がいましたね。初心者みたいな人ばかりで。初心者でも臆せず参加したら楽しいよ。速くなくても楽しく走れればいいんだってのは熊谷さんから教わったこと。
それから時代が徐々にロードに変わって行っても、楽しさを教えてくれたのは変わらなかった。

その後私は東京に行き4年仕事をして帰って来たあと、久しぶりに熊谷自転車に行ったらびっくりしてたけど変わらず迎えてくれましたね。
ふらっと帰った私を温かく迎えてくれた。店も全然変わってなくて。
私は東京で磨いたスポーツバイクのメンテ技術と経験を買われ、お客さんの口添えもあって熊谷で働くことになったんだよね。
全ては熊谷のお客さんのために。雇ってくれた熊谷さんのために。そう思いながら一生懸命に働いたつもり。
途中から宮﨑がバイトとして入ってね。
ゆるーい熊谷さんと私は何度もぶつかったし、メンテナンス論や熊谷さんの大好きな酒タバコの件でもさんざんぶつかったっけね。
あのゆるさが好きなお客さんもいればそうでないお客さんもいて。好き嫌いの分かれる店だったけど暖かい店だったね

私も宮崎も仕事でミスしても一度も怒られなかったな。いつも笑ってた。
自分のバイクが大会の2週間前に盗まれた時も、全く同じものを用意してくれたっけ。いないよそんな人。

それでも一時期売り上げが落ちてしまい、私と宮崎はお役御免となり、全く別のお店サイクレスタを立ち上げたわけだけど、
当時私自身は若さもあってかムチャクチャ尖ってて。
意識するのが嫌とか意地でほとんど熊谷さんとはコンタクトを取らずにここまで来てしまっていて。
自分のプロフィールにも熊谷で働いていたことは書かなかった。
それは安倫さんに追いつきたい一心だったんだと思う。ガムシャラだった。
ただ、いつの日か同業者として肩を並べるようになったら、いろんな話がしたい。
七日町で酒を飲みながらね。
そんなことを漠然と心にとどめながらやってきた。

私も家庭を持ち、最近になってようやく丸くなってきて余裕ができてきた矢先。。

もう安倫さんと話をすることはできなくなってしまった。
独り立ち(二人立ち?)の感謝をきちんと伝えられなかった。
それを本当に悔やんでいます。

今更だけど
熊谷自転車で働かせてもらった日々や経験は私たちにとって宝であり誇りです。
安倫さんがいたから私たちもここまで来れた。
ありがとうでは足りないくらい、お世話になりました。
ご冥福をお祈りいたします。

元従業員 大泉真哉 大泉(宮﨑)優花

 

 

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